コラム

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感性アプローチによる「いきもの・ロボット」をデザインする

感性アプローチによる「いきもののデザイン研究」と「インタラクティブロボット」のデザイン

インタラクティブロボット「む〜」(写真提供:ATR)
インタラクティブロボット「む〜」(写真提供:ATR)

感性アプローチによるインタラクティブロボットのデザインは、空間演出デザイン研究センターにおける、私白身の個人研究として、2004年度の本学特別制作研究費を申請、採択を受けた研究テーマである。この研究を推進するにあたって、ATRネットワーク情報学研究所の岡田美智男氏と、瑞々しい感性を持った本学学生の参加で進めたいと考えた。岡田氏は5年来、感性アプローチによるインタラクティブロボットの開発を共同で推進して来たパートナーであり、2003年来、空間演出デザイン学科「身体論」の特別講師として参加して頂いている経緯もあって快諾して頂いた。さらに岡田氏にキャリアデザイン授業の講師をお願いし、人と関係を深めるインタラクティブロボットのデザインと共同開発への参加を呼びかけて頂いたところ、その推進母体としての「いきもののデザイン研究会」に、学科を越えて20数名の参加希望があり、昨年9月に活動をスタートさせた。その後も参加希望者が相次ぎ、現在では5名の通信コース学生を含めて40名で活動を展開している。

研究活動の当面の目標は、自分自身が時間、空間を共有したいいきもの=インタラクティブロボットをイメージしデザインすることである。この場合のデザインは、姿かたちのみでなく、動態やそのものの性格まで含んだプランであること。それを専門の造形作家及び工学系技術者と共同で、製品化に結びつけるまでの2年間のプロジェクトであり、その推進母体が「いきもののデザイン研究会」だ。これまでは、工学系、コンピューター系技術分野主導で取組まれてきたロボット開発を、人間との関係性を深める感性アプローチで進めることがねらいだ。

研究会活動のスタートは、大阪海遊館に生息する魚類の姿かたちのディテール、振る舞いを、自然が創造したデザインと見立て、詳細に観察することだった。休日にも関わらず20余名が参加。研究方法としては、興味を覚える魚類について、なぜ興味を覚えたかを念入りに観察し、分析することにした。人間でも、顔や姿かたち、振る舞いでその人の性格がある程度想像できるように、魚もじっくり観察していると、性格やその時の気分まで想像出来そうに思えてくる。最後に見た多種多様なくらげの、人間の創造力を遥かに超えた美しさに圧倒され、今更ながら自然界の「デザインカ」の偉大さに驚いた。この日の体験は、研究メンバーにとって新鮮な刺激となり、「いきもののデザイン」をより深い視点でとらえる助けとなった。

次に行った研究は、白宅から愛着を感じるモノを持参し、なぜそのものに愛着を感じるかを、なるべく詳細に解き明かし報告することだった。他人から見れば、実にとるに足りない些細なものであっても、本人にしてみれば、命の次に大事なものが存在すること。それは、大切な人から貰ったものであったり、忘れ難い思い出のものであったり、長く使い続けているため、すでに身体の一部になっているもの等、そのものを示しながら次々と披露したものは、すべて人工物ではあるが、報告者本人にとっては「いきもの」に近い存在なのだ。

いきもののデザイン研究(学生作品)
いきもののデザイン研究
(学生作品)

3回目に行なった研究は、ATR研究所の研究発表会に出向き、人と関係し、人を楽しませるコンピューター技術による遊び道具や人工知能を搭載したロボットと出会うことだった。ここは、建物の外観から受ける固いイメージとは裏腹に、ART研究所と名称を変更したいくらい、人を感動させ、楽しませる要素に満ち溢れた研究が中心だ。それはもはやアート以外のなにものでもないと思いたいが、ここではアートと言うキーワードは一切使わず、コンピューターの最先端技術を駆使しながら、人を驚かせ気を惹きつける、実にクリエーティブでヒューマンな研究を展開している。下手なアートより、表現技術が斬新である分、インパクトが強い。この視察も、アートを学ぶ本学学生にとって、かなりの衝撃を与え、異分野に対する認識を新たにする機会となった。そして重要なことは、一見分野の異なるこうした研究所の研究者でも、人と関係性を深める共通のテーマについては、共同で研究を進めることが可能との思いに到達出来たことだ。

その後、岡田氏から与えられたインタラクティブロボットのラフプランに入り、2回にわたってプレゼンテーションを行った。その中で、研究会に参加している学生の多くが、積極的にプレゼンテーションに参加し、自らのプランを提案した。そこに表されている「いきもの」は、すべて独創性に溢れたものだ。見た目の姿かたちはもとより、いきものの性格をデザインした学生も表われている。共通した特徴は「かわいい」と言った概念を、意思性を持たない人形の可愛さで捉えるのではなく、意思を持って生きる生命体をイメージしつつ、形や質感、動きに投影していることにある。ある意味ではドリームプランの域を出ていないが、今後、コンピューター系、工学系分野の研究者とのマッチングによって、現実化したい。

いきもののデザイン研究(学生作品)
いきもののデザイン研究(学生作品)

こうしたプロセスを進める一方で、要素研究も怠らない。2月の研究会は「冬の動物園」を訪れる。人に見られ、人と関係するために、檻に入れられ保護されている動物たち。寒い冬には訪れる人も疎ら。さて、一体そうした中で、いきものたちは、どのように過ごしているのだろうか。動物たちの仕草、その表情、その目つき、さらには心の中まで洞察することが出来ればと考えている。研究活動は、こうした自然物や歴史的遺産から触発されるフィールドワークを継続する。

こうした研究から浮かび上がって来るイマジネーションをもとに、自らと生活を共にしたい、「小さな人工的いきもの」の実体化を試みる。それは、動いても動かなくてもよい。存在自体に愛着を感じさせるものであれば良い。こうした試みと連動しつつ、生態的で人間的なロボットのデザインに取り組む。そのロボットが実現された段階では、もはやロボットとの呼称自体が否定されるに違いない。さらには、ロボット分野のみならず、現代の生活空間を支配している、大量生産による効率優先の合理性や機能性で評価されてきたものづくりから、人と関係を深めるデザインに基軸をおいたものづくりへの転換と、感性評価によるアプローチこそが、芸術・デザイン系大学である本学の使命と考え研究を継続したい。そして本研究が、学生の瑞々しい感覚を刺激し、独白のイマジネーションを引き出すきっかけとなることを願わずにおれない。

著者: 京都造形芸術大学 ものづくり総合研究センター 主任研究員 藤井秀雪
※この文章は京都造形芸術大学紀要「GENESIS」第9号に研究ノートとして発表したものの転載です。