マネキンの全て

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マネキンのキッチュな世界

外国人が驚く日本の店頭人形

外国人は、しばしば、日本にきておどろきの声をあげる。自分の国では見たことのないものを、日本の街頭で発見してびっくりするのだ。

彼らのそうした感想をきくのは、けっこうおもしろい。へー、外人たちは、こんなものをめずらしがるのか、ということがよくわかる。そこから、街の風景を軸にした比較文化論なども、こころみることができるだろう。

これから展開する話も、まあ、そういった文化論の一種である。「日本の街には、カエルやゾウやウサギがたっている。あんなものは、ほかのところでは見たことがない」


象のサトちゃん(佐藤製薬)

来日そうそうの外国人は、よくこんなことをいう。街の薬局にある人形のことだ。

カエルはコルゲンコーワのマスコット人形「ケロ」と「コロ」。ゾウは、佐藤製薬の「サト」ちゃん。そして、ウサギはエスエス製薬の「ピョン」ちゃん。

日本の製薬会社は、しばしば自社製品の宣伝人形をつくり、それを特約店の店頭においている。この風景に、外国人たちが、びっくりするわけだ。じじつ、カエルの横で記念撮影をしている外人も、街ではよく見かける。


ペコちゃん(不二家)


ケロちゃん(コルゲンコーワ)

もちろん、店頭の宣伝人形は、薬局のそれだけではない。不二家の「ペコ」ちゃん、松下電器の「元気」くん、東芝の「エスパー」くん、等々、さまざまな人形が路上をかざっている。今や、これらは、日本の都市風景を特徴づける風物詩となっているといってよい。

とりわけ、おもしろいのは、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースだ。

ケンタッキー・フライドチキンは、アメリカ風のからあげを売っているチェーン店だ。アメリカに本拠をもつ、世界企業である。日本では、1970年の大阪万博を機に、全国各地に、チェーン展開をおこなっている。

これらの店頭にも、マスコット人形がおいてある。例の、背が高くて、かっぷくのいい、白髪白髭、白いスーツにステッキをもち、メガネをかけた初老の紳士。そう、カーネル・サンダース人形だ。本名は、ハーランド・サンダース。カーネル(大佐)は、1935年に、ケンタッキー州からもらった名誉称号である。いうまでもなくケンタッキー・フライドチキンの創業者。チェーン店の店頭には、その創業者の等身大人形が、おいてあるわけだ(身長180センチ、60歳の時の姿)。

しかし、である。この人形は、本国のアメリカでは、ほとんど見かけない。世界中にチェーン展開 しているわけだが、この人形を普及させているところは、ただ一国。日本だけなのだ。

最近では、韓国や台湾などでも、この人形を見かけるようになったらしい。だが、それも、韓国や台湾で、人形がつくられるようになったというのではない。それらはみな、「日本ケンタッキー」から輸出されたものなのだ。くりかえすが、あんな人形をつくっているのは、世界中で日本だけなのである。

ハワイ、北京でも、あの人形を見かけることはある。しかし、もちろん、それらも「日本ケンタッキー」からの輸出である。

サンダース人形秘話


カーネル・サンダース(ケンタッキー・フライドチキン)

いったい、なぜ店頭人形が出現したのか。そのあたりの事情を、かんたんに説明しておこう。

ハーランド・サンダースが、フライドチキンの事業をはじめたのは、1930年代のことである。以来、順調に営業成績をのばし、1963年にはチェーン店が600をこえる企業に成長した。翌、1964年(74歳)には、第一線から引退し、フランチャイズ権を、ジョン・Y・ブラウン・ジュニアにゆずった。

このジョン・Y・ブラウンがアイデアマンだったのだろう。創業者のカーネル・サンダース本人を、そのままうごく商標にしようというアイデアを思いつく。そして、彼は、そのアイデアを実行に うつしていく。

こうして、カーネル・サンダースは白いスーツにステッキといういでたちで、メディアに露呈しはじめた。テレビや雑誌にも、広告人間として登場する。企業のロゴタイプにも、カーネル・サンダースの肖像がつかわれた。

一部の地方では、等身大人形も、店頭におかれだしたらしいが、それは、けっきょく定着せず、チェーン店では、店内に肖像画をかかげるというていどに、とどまった。

さて、日本である。ケンタッキー・フライドチキンは、三菱商事との合弁で、日本ケンタッキーを創設したが、初期のものは、ぜんぜんはやらなかったという。

このとき、日本ケンタッキーのアメリカ代表ロイ・ウエストが、妙案を思いつく。アメリカのごく一部でつかわれていた等身大人形をおいてみたらどうかというアイデアだ。

このアイデアは、日本側のスタッフにも、こころよくうけいれられた。日本には、不二家の「ペコ」ちゃんなどをはじめとするマスコット人形の文化がある。あれと同じようなものをつくればいいということで、たちどころに試作品もできあがった。

さいわい、このアイデアはヒットする。まず子供たちの心をつかみ、おかげで、とぶように売れだしたのである。

日本独特のマネキン文化

さて、カーネル・サンダース人形はFRP(ガラス繊維強化プラスティック)を素材とし、その点は、マネキンと同じだ。いや、同じなのは、その点だけではなく、製造工程も、全然変わらず、ケースに よっては、同じ職人がマネキンをつくり、カーネル人形をてがけるということも、ありうる。

マネキンに、客を「招ねき」たいという願いがこめられていることは、さきにものべた。それは、どこかで、まねき猫の風俗につながっている。だとすれば、カーネル・サンダースの人形も、このまねき猫の伝統をひきついでいるのではないか。

仮説的な話になるが、日本には、人形を店頭におくという風俗が、いつのころからか形成されていた。そして、その人形には、客をたくさん動員するという呪術的な願いが、こめられていた。現世利益の呪術というべきか。まねき猫は、その象徴的な事例であったといえるだろう。

こういう伝統は、偶像崇拝を抑圧するような文化背景のもとでは、成立しにくい。そして、商品経済 が未発達なところでも、つくられにくいであろう。

偶像崇拝に寛容で、なおかつ商品経済もかなりの発展をとげている。まねき猫的な呪術が育ちやすいのは、そういう文化圏だ。すなわち、日本などである。

だからこそ、カーネル・サンダースの人形も、製薬会社などの店頭人形も、日本では、普及する。

いまひとつ注目すべきは、「ペコ」ちゃんもカエルも、いずれもマネキンと同じやりかたでつくられているという点である。まねき猫の伝統は、マネキン、「招ねき」を通じて、現代に延命しているのである。

その意味では、日本のマネキン文化は、世界的にみても、独特の意味をもっているというべきだろう。じっさい、まねき猫的な背景のあるマネキンなど、世界でも、あまり類例はあるまい。いわんや、それがカエルやウサギ、ペコちゃん、さらにはカーネル・サンダースにまでおよんでいるという状況においてをや、である。