2008年04月11日
[ 原点は人体模型 京人形の技生かし【2008/4/5】 ]
京都新聞 朝刊 2008年4月5日(土)に掲載されました。
京都新聞社に無断で転載することを禁じます
原点は人体模型 京人形の技生かし
京都は常に伝統の中から新しいものを生み出してきた。京都生まれが日本初のものも少なくない。連載第1回は、人体模型が京都の伝統技術に磨かれて優美なマネキンに変身する物語。(毎月第1土曜日に掲載)
今から二百年ほど前のパリ。重そうなかごをかかえて墓場を出る女性がいた。中身は、ギロチンで処刑された王妃マリー・アントワネットの生首。家に帰った彼女はほの暗い明かりの下で生首と向き合い、ろう人形を作り始めたという。後のタッソー夫人だった。
彼女のろう人形作りは、もとは医学用の人体模型を作ることから始まった。それが発展して、マネキン人形が作られるようになっていく。
フランス製マネキンはやがて日本にも輸入されるようになるが、ろう製のため、長い船旅の途中で溶けてしまうものもあった。この修理を引き受けたのが京都の島津製作所だった。
島津には明治半ばに標本部ができ、精密な人体模型を作っていた。昭和初期に作られ、市内の中学で長く教材として使用されていたものが、島津の資料館に寄贈され保存されてきたが、このたび修理を終えて初公開された。日仏どちらでも、マネキン作りが人体模型に発するのは興味深い。
この模型作りの過程で日本伝統の和紙原料であるこうぞを使ったファイバー素材が開発され、これを使ってマネキンを作ることが考案された。
島津のマネキン作りに大きな転機をもたらしたのは、二代目島津源蔵の息子良蔵だった。修理だけでは飽き足らず、オリジナルなマネキンを作ろうと思い立った。東京美術学校を卒業した良蔵のもとには、当時の新進の芸術家たちが集まった。1933(昭和8)年の第一回新作発表会には、彫刻の荻島安二、工芸の柳宗悦など、そうそうたる名前がある。
これらの芸術家たちとの交流、さらには白色顔料の胡粉をかけて肌を磨く京人形の伝統技術を取り入れるなどして、輸入品をはるかにしのぐマネキンを完成させた。
戦争によってマネキン製作は一時中断するが、戦後いち早く七彩工芸(現七彩)などの会社で復活。そんな中から、55年に村井次郎作のマネキンが誕生する。妖艶で気高いこの作品は大ヒットとなり、「伝説のマネキン」として今も大切に保管されている。
和紙と京人形という伝統を生かして開発された日本初のマネキンは、古い伝統の中から新しいものを生み出した点で、京都にふさわしいストーリーを持つのである。
第一人者が語る ミニスカート出現でひざ小僧が・・・(京都造形芸術大教授 藤井 秀雪さん)
マネキン研究の第一人者である京都造形芸術大学の藤井秀雪教授にきいた。
- ―藤井先生とマネキンのかかわりは?
- 「七彩工芸」という会社に就職して2003年に退社するまで、ずっとマネキンにかかわってきました。
- ―マネキン作りで難しいのは?
- やはり顔ですね。日本人でもなく、かといって西洋人でもない、しかも人を引きつける魅力が必要ですから。
- ―マネキンの顔の原型は誰が作る?
- 女優のイメージなどを参考にすることもありますが、基本は芸術作品と同じように、作家個人のオリジナルな創作です。
- ―流行に応じてマネキンも変わってゆくと思うが、たとえばミニスカートの出現はマネキンに影響を与えたか?
- それまでマネキンの脚にはひざ小僧がありませんでしたが、ミニスカートの出現以後はひざ小僧がつくようになりました。
- ―今後に向けて考えていることなど?
- 最近、いろいろなロボットができていますが、機械屋さんが作るロボットは見かけがメカニックすぎます。マネキンのデザインを生かした優美なロボットを開発したいですね。
■AtoZ 初期の値段は家一軒分 展示の数、景気の指標に
- 語源
- フランス語で衣装陳列用人形を意味する「マヌカン」が日本に伝わった時、「招かん」と聞こえて縁起が悪いので「招金」と語呂合わせしたとの説がある。
- 和マネキン
- 日本には江戸時代の見せ物人形にルーツを持つ和服用の和マネキンが作られた時代もあったが、現在ではほとんど姿を消しつつある。
- 手作業
- マネキン作りは今でも手作業の部分が多く、熟練した技術が要求される。一人が1日で1体程度しか作ることができない。
- 価格
- 生産初期のころは1体が家一軒ほどの価格だったという。現在は買い取りではなく、レンタルが主流となっている。
- 景気
- マネキンによる服の展示はコストがかさむゆえ、景気が悪くなればデパートのマネキンが減り、景気がよくなれば増える。マネキンの数が景気の指標になる。
京都新聞 朝刊 2008年4月5日(土)に掲載されました。
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投稿日時:2008-04-11